乱文小説①

息を潜め、彼の赤に染まり変わりゆく姿を僕は見るしかなかった。自分の口に自分で手を当て何度もこぼれそうになる小さな悲鳴を、抑えるしかなかった。彼はいつかこうなると言っていた。小さな約束を破りすぎたと。僕と彼はこの小汚い街で小さな大きさで薬をさばいてた。僕は僕の口と顔で薬をさばき、彼はそのガタイとココロで薬を仕入れてた。夕暮れ時に大きな車に僕は乗って、彼の家に良く泊まりに行った。そう、やっぱり2人の出会いを話すべきかもね、僕は彼に誘われた。危ない仕事だと言われたけど、彼に惹かれて誰にも言えない仕事を引き受けた。僕らはこの小さな町に生まれ、小さな頃家が隣同士だった僕たちは否応もなく、友達となりクソガキ同士となった。小さな僕と周りより一つ大きかった彼は、何度も何度も怒られ殴られながら育った。親に殴られ近所に殴られ、大人にも教師にも殴られた。殴られるたびに僕の両親は僕を庇い、殴ったところに駆け込んだ。彼は殴られるたびに、両親に殴られた。同じところを殴られた翌朝には、違うところに痣を作った彼は、だんだん目が変わっていった。いつしか彼と僕は進む道を変え、学校も変わり道も交わらなくなった。真面目を求めた両親のために僕は真面目の仮面をつけた。つけ始めの頃は、僕がどんなに真面目に真面目を繰り返しても彼の姿を誰もが感じ、誰も側にいてくれなかった。どんなに離れて交わらないようにと求めた両親の意に反して、彼の話や噂は僕の耳に入り、みんな聞いてきた。でも、月日が流れるほど僕と彼とのつながりが薄いと皆が認めてくれ、真面目の仮面も様となってきた。真面目の仮面をかぶった僕と、彼がもう一度出会ったのは、僕の誕生日パーティーだった。同級生が僕の両親が学会でいない日を狙って、家で開いてくれたパーティーに、彼はやって来た。ただ一言「おめでとう」と言いに。僕より頭ひとつ大きく、体も大きな彼は誰もが身を引いた。僕の顔にへばりついた真面目の仮面に誰もが気がついた。僕は真面目ではないと、そしてその時僕は彼が好きだと気がついた。ぼくがまるまる入りそうな大きな背中、ぼくの顔を掴めそうな大きな手、ぼくの足ほどある太い腕、ぼくの耳を駆け抜ける決して綺麗じゃない声、僕は数年ぶりに会う、大きくなり傷だらけの彼が好きなのだと気が付いた。「おめでとう」としゃがれた声で、伸ばしてくれた手に手を伸ばし、僕に引き寄せれない体に、僕の体を引き寄せて「ありがとう」って言った。僕の側に誰もいないけど、彼がいてほしい。周りは僕の顔が仮面だと気が付いた。次の1年経つ間僕は彼と連絡を取れなかった。ただ必死に剥がれた仮面をつけることに精一杯だった。周りにいた友人らしい人も影を潜め、同じ校内でも影が浮いた。その年の誕生日パーティーは開かれなかった。両親と僕3人で静かにご飯を食べ流だけだった。まぁいいとして黄色い声で祝ってもらう方がおかしいのかもしれない。そう思うことで彼の「おめでとう」を我慢した。もう一度言ってほしい。隣に住んでたはずの彼も、彼の両親が別れると同時に、どっちの付いて行ったのかも知らぬ間に、遠くだと思う何処かへ越していた。そしてあの日、3人だけの誕生日からひと月もたったない、年の瀬に彼は、どこで知ったか知らないけど、僕に電話をしてくれた。なにしてる?って、そう言われ僕はどんな返事をしたか覚えてないけど、彼の傍まで行っていた。息で溶けてしまう雪が降る夜、僕は彼の狭い部屋に行っていた。静かに揺れる煙の先で、深くソファに腰をかけた彼が迎えてくれた。そこで彼は僕の「危ないけど、一緒にしてほしい」と、彼はクスリをさばいていた。誰もが手を出さないけど、誰もが知っていたクスリ。そして誰かしらが買っていたクスリを一緒に売ってほしいと「その綺麗な顔なら、都合がいい」と彼は仕事の話だけど、僕の勝手な捉え方だけど、褒めてくれた。そう今でも思っている。若いと大人の間の僕は迷うことなく、煙の中で頷いて、初めて煙を体に入れた。彼と同じところに居れると信じ、想い。それから僕は何度も彼の家に通った。引っ越したはずの彼は僕の家から歩いて行けるところに住んでいた。通ったことのない、路地だけどそこに道があるのは知っていたところに、彼は住んでいた。はじめは優しくクスリのコトを教えてくれた。なにが良くてなにがダメで、どれが危なくて危なくないか、これがよく売れて売れないか。真面目の仮面は日を重ねるごとに、薄くなり二度と重ねられなくなった。僕の彼への気持ちは仮面が見えなくなるほど、強くなった。彼は滅多に家を出なかった。でるのは、仕入れと言ってバンに乗って行く時だけだった。僕はまだ慣れない売りを、彼の知り合いに教えてもらっていた。そこで彼の繋がりを聞いいていた。「女の匂いがない」や「彼が稼いだ金どうしてるのか」や「最近彼が危ない橋を渡り始めた」と、どれもこれもが彼の魅力を引き立てた。彼と一緒に仕事をして雪が降りだす頃、三度目の僕の誕生日はやって来た。4ヶ月も売りをしていた僕は、いつしか慣れ、大きな場所を取っていた。そして同じ頃彼の目つきが強くなると同時に、嬉しそうに「買ってきた」と声が高くなることがあった。彼もまた薬に染まっていた。三度目の誕生日僕は彼の家で過ごした。自分で仕入れたクスリを高純度で体に入れる彼に僕も合わせた。まわる世界と廻る脳みそが、うまく回らない口に「君が好きだ」と言わせた。彼の薄暗い目は僕を見つめ彼の傷だらけの手が、汚れ始めの知らない僕の手を握った。引き寄せれない僕の体を彼は、自分の体に引き寄せた。しゃがれた煙臭い口から彼は「ありがとう」といって。大きな腕で、背中で僕を抱きしめた。好きだと伝えた僕に彼は、同じように答えてくれた。隙間風が揺らす煙の中、見えるはずの相手にお互いが身を委ねた。手探りで交わる僕らは、石と木の棒が叩き合うように、原始的で野生に任せた。それから僕は彼の元に頻繁に通った。通えば通うほど、彼は僕を教えてくれた。僕は彼から学ぶことが多く、僕はなにも教えられなかった。そして近すぎた僕は、彼の変化に気付けなかった。周りが言う彼の立場、今、流れを見落とした。恋が僕を盲目にしたのか、彼が隠したのかはわからない。ただ「小さいミスが多い」と吐露してた。僕はあまりにも素直すぎて、小さなものだと思っていた。そして彼は吊るされた。


滅多に家を出ない彼が、僕と一緒になって良く連れて行ってくれた食堂があった。そこが仕入先だった。その日雲に手が届きそうなくらい低く立ち込めた空の下、いつの間にかになれた手でいつものように稼いだお金と、彼の好きなお酒を持って彼の家に行っていた。僕がいつ家に来るか聞いていた、約束を破らない彼が、家にいなかった。その時僕の中を低い黒い雲が駆け抜けた。僕は雲に押されるように、食堂に向かっていた。小汚い町の真ん中にある、小汚いバーの二階に食堂はあった。階段の入り口にある柵は閉まったままで、1階2階兼用の裏口から、仕入れ口から僕は中に入った。階段をゆっくりゆっくり上がり、最後の一段を踏むと同時に肉を叩く音がした。閉まりきっていない玄関の隙間の向こうに、スキンヘッド2人に挟まれ、天井から吊るされた鎖に足をつながれ、逆さになった彼の短く刈り上げた頭は凹み、ゆっくりゆっくり前後に揺れていた。薄めを開けた彼の目と僕は目があった。扉を開けて飛び込もうとした僕に彼は、ただ目を一度閉じ、二度と開けなかった。スキンヘッドの1人が、彼の好きなワイシャツに、肉包丁を滑らし脱がせた。僕を抱きしめてくれた体に、赤い1本線が入り、血がなれた。もう1人が彼の大きな首に魚包丁を立てた。頸動脈から溢れる血が、彼の頭を伝い脳天から下の大きなタライにスーッと溜まっていった。同じように肉包丁をもう1人が、僕の愛撫したそばから胸まで滑らした。一気に溢れ出す腸と内臓、太く大きい筋肉も切り裂き、レトルトパックのようにドッと溢れ出す彼の内臓は、まだ鮮血で染まらず、内臓そのもだった。魚包丁は鎖の絡まった足先の筋に刃を立て、綺麗に骨と身を離していく。皮は剝がずにそぎ落とすその肉には、僕の歯型が残っていた。背中の、胸の腕の肉が削ぎ落とされる頃、タライは入れ替わり、大きな機会音が聞こえた。背の高いスキンヘッドがチェーンソウを取り出し、彼を手の先から切り離しって行った。ほとんど肉のないガタイの言い方骨が細かく砕けながらタライに落ちていった。そして食堂は血生臭い蒸気で覆われた。彼は厨房で大きな寸胴で煮詰められ、骨と一緒に細かく砕かれ、トイレに流されていった。


僕は僕の口に手を当て、溢れそうなんる小さな悲鳴を抑えるしかなかった。僕は悲惨さを衝撃を感じるとともに、彼の姿を目に焼き付けたかった。僕はその変わり果てた彼が愛おしかった。僕は彼を殺したい、そう最後に彼が教えてくれた。